baileor17のブログ

ネット歴は永いのに万年初心者。写真などの画像のサイズがバラッバラで、重かったりしてご迷惑お掛けします。日々のくっだらない話ばかりですがよろしかったらごゆっくりしていってください。

太陽の国 España 6'

 

次に向った先は、かの有名なサグラダファミリア。聖家族教会。

はっきり言ってあんまり期待はしていなかった。

まだ建設途中なんだ~変なの~位の認識。

がっ!嬉しい期待はずれ。

 

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画像の大きさがばらついてすみません。

 

まず、建物全体の美しさと大きさに圧倒される。

入館すると、すぐ正面に見えるステンドグラスに眼を奪われる。

あまりの素晴らしさに涙が溢れてくる。

幼稚園の時のみカトリックの俄かクリスチャン。

「すごい!!」としか表現できない自分の、語彙力の無さを悔やむ。

大胆でいて、すごく繊細な細部の造り。

 

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ガウディは設計図を書く事が苦手だったらしく、残っていた物は模型のみだったらしい。

 

ガウディのちょっとした話。

1862年、アントニオ・ガウディは銅板職人の5人目の子供として

生まれた。2人の子供が幼くして亡くなったので3人兄弟として幼少期を過ごす。体が弱く、家で過ごす事も多かった。

 

20歳の時、建築家を目指し、アルバイトをしながら建築の勉強をする。そのアリバイトが、建築事務所であったり、工事現場であったりした為、それが彼の作品に影響していると言われている。

 

その頃の学校長だった人物が

「彼が狂人なのか天才なのかわからないが、時が明らかにするだろう」と言っている。

 

その後、グエル氏という大金持ちから家の設計や、公園の設計を任されるようになる。

 

31歳の時、サグラダ・ファミリアに手を付ける。

 

1914年ガウディ52歳。他の設計には携わらず、サグラダ・ファミリアだけに専念するようになる。

 

敬虔なカトリックであった彼は、1976年教会に行く途中で電車に轢かれ死亡。享年73歳だった。

 

今でも建築工事が続けられている。

いつまで掛かるのか誰にもわからないサグラダ・ファミリアのその工事は続く。

 

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